經に對しても、いささか毒消しの意義あれかし、と取りかかつた一齣であつたが、どうやら、これは甘すぎた。僕の小説が古典になれば、――ああ、僕は氣が狂つたのかしら、――諸君は、かへつて僕のこんな註釋を邪魔にするだらう。作家の思ひも及ばなかつたところにまで、勝手な推察をしてあげて、その傑作である所以を大聲で叫ぶだらう。ああ、死んだ大作家は仕合せだ。生きながらへてゐる愚作者は、おのれの作品をひとりでも多くのひとに愛されようと、汗を流して見當はづれの註釋ばかりつけてゐる。そして、まづまづ註釋だらけのうるさい駄作をつくるのだ。勝手にしろ、とつつぱなす、そんな剛毅な精神が僕にはないのだ。よい作家になれないな。やつぱり甘ちやんだ。さうだ。大發見をしたわい。しん底からの甘ちやんだ。甘さのなかでこそ、僕は暫時の憩ひをしてゐる。ああ、もうどうでもよい。ほつて置いて呉れ。道化の華とやらも、どうやらここでしぼんだやうだ。しかも、さもしく醜くきたなくしぼんだ。完璧へのあこがれ。傑作へのさそひ。「もう澤山だ。奇蹟の創造主《つくりぬし》。おのれ!」
 眞野は洗面所へ忍びこんだ。心ゆくまで泣かうと思つた。しかし、そんなに
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