がつたことを考へてゐたらしい。園は海へ飛び込むまへに、あなたはうちの先生に似てゐるなあ、なんて言ひやがつた。内縁の夫があつたのだよ。二三年まへまで小學校の先生をしてゐたのだつて。僕は、どうして、あのひとと死なうとしたのかなあ。やつぱり好きだつたのだらうね。」もう彼の言葉を信じてはいけない。彼等は、どうしてこんなに自分を語るのが下手なのだらう。「僕は、これでも左翼の仕事をしてゐたのだよ。ビラを撒いたり、デモをやつたり、柄にないことをしてゐたのさ。滑稽だ。でも、ずゐぶんつらかつたよ。われは先覺者なりといふ榮光にそそのかされただけのことだ。柄ぢやないのだ。どんなにもがいても、崩れて行くだけぢやないか。僕なんかは、いまに乞食になるかも知れないね。家が破産でもしたら、その日から食ふに困るのだもの。なにひとつ仕事ができないし、まあ、乞食だらうな。」ああ、言へば言ふほどおのれが嘘つきで不正直な氣がして來るこの大きな不幸! 「僕は宿命を信じるよ。じたばたしない。ほんたうは僕、畫をかきたいのだ。むしやうにかきたいよ。」頭をごしごし掻いて、笑つた。「よい畫がかけたらねえ。」
よい畫がかけたらねえ、と言つ
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