方がない。思はせぶりみたいでいやではあるが、假に一言こたへて置かう。「復讐。」
つぎの描寫へうつらう。僕は市場の藝術家である。藝術品ではない。僕のあのいやらしい告白も、僕のこの小説になにかのニユアンスをもたらして呉れたら、それはもつけのさいはひだ。
葉藏と眞野とがあとに殘された。葉藏は、ベツドにもぐり、眼をぱちぱちさせつつ考へごとをしてゐた。眞野はソフアに坐つて、トランプを片づけてゐた。トランプの札を紫の紙箱にをさめてから、言つた。
「お兄さまでございますね。」
「ああ、」たかい天井の白壁を見つめながら答へた。「似てゐるかな。」
作家がその描寫の對象に愛情を失ふと、てきめんにこんなだらしない文章をつくる。いや、もう言ふまい。なかなか乙な文章だよ。
「ええ。鼻が。」
葉藏は、聲をたてて笑つた。葉藏のうちのものは、祖母に似てみんな鼻が長かつたのである。
「おいくつでいらつしやいます。」眞野も少し笑つて、さう尋ねた。
「兄貴か?」眞野のはうへ顏をむけた。「若いのだよ。三十四さ。おほきく構へて、いい氣になつてゐやがる。」
眞野は、ふつと葉藏の顏を見あげた。眉をひそめて話してゐるのだ
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