「院長と四人して相談さ。君、兄さんは策士だなあ。案外のやりてだよ。」
葉藏はだまつてゐた。
「あす、兄さんと飛騨が警察へ行くんだ。すつかりかたをつけてしまふんだつて。飛騨は馬鹿だなあ。昂奮してゐやがつた。飛騨は、けふむかうへ泊るよ。僕は、いやだから歸つた。」
「僕の惡口を言つてゐたらう。」
「うん。言つてゐたよ。大馬鹿だと言つてる。此の後も、なにをしでかすか、判つたものぢやないと言つてた。しかし親爺もよくない、と附け加へた。眞野さん、煙草を吸つてもいい?」
「ええ。」涙が出さうなのでそれだけ答へた。
「浪の音が聞えるね。――よき病院だな。」小菅は火のついてない煙草をくはへ、醉つぱらひらしくあらい息をしながらしばらく眼をつぶつてゐた。やがて、上體をむつくり起した。「さうだ。着物を持つて來たんだ。そこへ置いたよ。」顎でドアの方をしやくつた。
葉藏は、ドアの傍に置かれてある唐草の模様がついた大きい風呂敷包に眼を落し、やはり眉をひそめた。彼等は肉親のことを語るときには、いささか感傷的な面貌をつくる。けれども、これはただ習慣にすぎない。幼いときからの教育が、その面貌をつくりあげただけのことである。肉親と言へば財産といふ單語を思ひ出すのには變りがないやうだ。「おふくろには、かなはん。」
「うん、兄さんもさう言つてる。お母さんがいちばん可愛さうだつて。かうして着物の心配までして呉れるのだからな。ほんたうだよ、君。――眞野さん、マッチない?」眞野からマツチを受け取り、その箱に畫かれてある馬の顏を頬ふくらませて眺めた。「君のいま着てゐるのは、院長から借りた着物だつてね。」
「これか? さうだよ。院長の息子の着物さ。――兄貴は、その他にも何か言つたらうな。僕の惡口を。」
「ひねくれるなよ。」煙草へ火を點じた。「兄さんは、わりに新らしいよ。君を判つてゐるんだ。いや、さうでもないかな。苦勞人ぶるよ、なかなか。君の、こんどのことの原因を、みんなで言ひ合つたんだが、そのときにね、おほ笑ひさ。」けむりの輪を吐いた。「兄さんの推測としてはだよ、これは葉藏が放蕩をして金に窮したからだ。大眞面目で言ふんだよ。それとも、これは兄として言ひにくいことだが、きつと恥かしい病氣にでもかかつて、やけくそになつたのだらう。」酒でどろんと濁つた眼を葉藏にむけた。「どうだい。いや、案外こいつ。」
今宵は泊るの
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