「他に部屋が無いのですか」
「ええ。みんな、ふさがって居ります。ここは涼しいですよ」
「そうですか」
私は、馬鹿にされていたようである。服装が悪かったせいかも知れない。
「お泊りは、三円五十銭と四円です。御中食は、また、別にいただきます。どういたしましょうか」
「三円五十銭のほうにして下さい。中食は、たべたい時に、そう言います。十日ばかり、ここで勉強したいと思って来たのですが」
「ちょっと、お待ち下さい」女中は、階下へ行って、しばらくして、また部屋にやって来て、「あの、永い御滞在でしたら、前に、いただいて置く事になって居りますけれど」
「そうですか。いくら差し上げたら、いいのでしょう」
「さあ、いくらでも」と口ごもっている。
「五十円あげましょうか」
「はあ」
私は机の上に、紙幣を並べた。たまらなくなって来た。
「みんな、あげましょう。九十円あります。煙草銭だけは、僕は、こちらの財布に残してあります」
なぜ、こんなところに来たのだろうと思った。
「相すみません。おあずかり致します」
女中は、去った。怒ってはならない。大事な仕事がある。いまの私の身分には、これ位の待遇が、相応して
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