そんな出鱈目な歌を、小声で呟《つぶや》いている事が多かった。二、三の共に離れがたい親友の他には、誰も私を相手にしなかった。私が世の中から、どんなに見られているのか、少しずつ私にも、わかって来た。私は無智驕慢の無頼漢、または白痴、または下等|狡猾《こうかつ》の好色漢、にせ天才の詐欺師、ぜいたく三昧《ざんまい》の暮しをして、金につまると狂言自殺をして田舎の親たちを、おどかす。貞淑の妻を、犬か猫のように虐待して、とうとう之《これ》を追い出した。その他、様々の伝説が嘲笑、嫌悪|憤怒《ふんぬ》を以て世人に語られ、私は全く葬り去られ、廃人の待遇を受けていたのである。私は、それに気が附き、下宿から一歩も外に出たくなくなった。酒の無い夜は、塩せんべいを齧《かじ》りながら探偵小説を読むのが、幽《かす》かに楽しかった。雑誌社からも新聞社からも、原稿の注文は何も無い。また何も書きたくなかった。書けなかった。けれども、あの病気中の借銭に就いては、誰もそれを催促する人は無かったが、私は夜の夢の中でさえ苦しんだ。私は、もう三十歳になっていた。
 何の転機で、そうなったろう。私は、生きなければならぬと思った。故郷の
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