目出度いとも、何とも、形容の言葉が無かった。馬鹿息子である。女とは、どんなものだか知らなかった。私はHの欺瞞《ぎまん》を憎む気は、少しも起らなかった。告白するHを可愛いとさえ思った。背中を、さすってやりたく思った。私は、ただ、残念であったのである。私は、いやになった。自分の生活の姿を、棍棒で粉砕したく思った。要するに、やり切れなくなってしまったのである。私は、自首して出た。
検事の取調べが一段落して、死にもせず私は再び東京の街を歩いていた。帰るところは、Hの部屋より他に無い。私はHのところへ、急いで行った。侘しい再会である。共に卑屈に笑いながら、私たちは力弱く握手した。八丁堀を引き上げて、芝区・白金三光町。大きい空家の、離れの一室を借りて住んだ。故郷の兄たちは、呆れ果てながらも、そっとお金を送ってよこすのである。Hは、何事も無かったように元気になっていた。けれども私は、少しずつ、どうやら阿呆から眼ざめていた。遺書を綴った。「思い出」百枚である。今では、この「思い出」が私の処女作という事になっている。自分の幼時[#「幼時」は底本では「幼児」]からの悪を、飾らずに書いて置きたいと思ったの
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