ぶお話申しましょう。九月のはじめ、私は戸田さんへ、こんな手紙を差し上げました。たいへん気取って書いたのです。
「ごめん下さい。非常識と知りつつ、お手紙をしたためます。おそらく貴下の小説には、女の読者がひとりも無かった事と存じます。女は、広告のさかんな本ばかりを読むのです。女には、自分の好みがありません。人が読むから、私も読もうという虚栄みたいなもので読んでいるのです。物知り振っている人を、矢鱈《やたら》に尊敬いたします。つまらぬ理窟《りくつ》を買いかぶります。貴下は、失礼ながら、理窟をちっとも知らない。学問も無いようです。貴下の小説を私は、去年の夏から読みはじめて、ほとんど全部を読んでしまったつもりでございます。それで、貴下にお逢いする迄《まで》もなく、貴下の身辺の事情、容貌、風采《ふうさい》、ことごとくを存じて居ります。貴下に女の読者がひとりも無いのは、確定的の事だと思いました。貴下は御自分の貧寒の事や、吝嗇《りんしょく》の事や、さもしい夫婦|喧嘩《げんか》、下品な御病気、それから容貌のずいぶん醜い事や、身なりの汚い事、蛸《たこ》の脚なんかを齧《かじ》って焼酎《しょうちゅう》を飲んで
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