、あばれて、地べたに寝る事、借金だらけ、その他たくさん不名誉な、きたならしい事ばかり、少しも飾らずに告白なさいます。あれでは、いけません。女は、本能として、清潔を尊びます。貴下の小説を読んで、ちょっと貴下をお気の毒とは思っても、頭のてっぺんが禿《は》げて来たとか、歯がぼろぼろに欠けて来たとか書いてあるのを読みますと、やっぱり、余りひどくて、苦笑してしまいます。ごめんなさい。軽蔑したくなるのです。それに、貴下は、とても口で言えない不潔な場所の女のところへも出掛けて行くようではありませんか。あれでもう、決定的です。私でさえ、鼻をつまんで読んだ事があります。女のひとは、ひとりのこらず、貴下を軽蔑し、顰蹙《ひんしゅく》するのも当然です。私は、貴下の小説をお友だちに隠れて読んでいました。私が貴下のものを読んでいるという事が、もしお友達にわかったら、私は嘲笑せられ、人格を疑われ、絶交される事でしょう。どうか、貴下に於いても、ちょっと反省をして下さい。私は、貴下の無学あるいは文章の拙劣、あるいは人格の卑しさ、思慮の不足、頭の悪さ等、無数の欠点をみとめながらも、底に一すじの哀愁感のあるのを見つけたのです。私は、あの哀愁感を惜しみます。他の女の人には、わかりません。女のひとは、前にも申しましたように虚栄ばかりで読むのですから、やたらに上品ぶった避暑地の恋や、あるいは思想的な小説などを好みますが、私は、そればかりでなく、貴下の小説の底にある一種の哀愁感というものも尊いのだと信じました。どうか、貴下は、御自身の容貌の醜さや、過去の汚行や、または文章の悪さ等に絶望なさらず、貴下独特の哀愁感を大事になさって、同時に健康に留意し、哲学や語学をいま少し勉強なさって、もっと思想を深めて下さい。貴下の哀愁感が、もし将来に於いて哲学的に整理できたならば、貴下の小説も今日の如く嘲笑せられず、貴下の人格も完成される事と存じます。その完成の日には、私も覆面《ふくめん》をとって私の住所姓名を明らかにして、貴下とお逢いしたいと思いますが、ただ今は、はるかに声援をお送りするだけで止そうと思います。お断りして置きますが、これはファン・レタアではございませぬ。奥様なぞにお見せして、おれにも女のファンが出来たなんて下品にふざけ合うのは、やめていただきます。私はプライドを持っています。」
 菊子さん。だいたい、こんな手紙
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