の肌に入つて行くのであつた。十月といつても南国の秋は暑かつた。
謝源は派手な琉球絣の薄ものをたつた一枚身にまとひ、郭光の酌で泡盛の大杯をチビリ、チビリと飲んで居た。謝源は今宵程自分といふものが大きく思はれた時はなかつた。その為か彼は今迄の苦い戦の味もはや忘れてしまつたやうになつて居た。五年の長い歳月を費し、しかも大敗の憂目を見ること三度、やうやうにして首里よりはるか遠くの石垣島を占領したあの苦しみも忘れてしまふ程であつた。
石垣島は可成大きい国であつた。そして兵も十分に強かつた。チヨツとした動機から彼は石垣島征服を思ひ立ち、直ちに大兵を率ゐて石垣島を攻めたのであつた。石垣島の兵はよく戦つた。そして外敵を三度も退りぞけることが出来た。謝源は文字通りの悪戦苦闘を続けた。併し彼は忍耐強かつた。ジリジリ石垣島を攻めたてた。五年の年月を過し、遂に石垣島を陥し入れたのは、つい旬日前のことであつた。首里に凱旋して来た謝源は今夜の宴を開いたのであつた。彼は満足げに大杯を傾けて居た。彼は下座で騒いで居る家来達をズツと見廻した。その時の彼の眼には、もう家来なんぞは虫けらのやうに見えて、しやうがなかつた
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