いだ。
謝源はガブと一口飲んだ。濁酒の面には蝋燭の焔がチラホラとうつつて居た。実際それは彼にとつては火を飲むやうに苦しかつた。
謝源は「ウーム」とうなつた。ホントに彼は今の所では唸るよりほかに、すべがなかつたのであらう。血ばしつたまなこで蘭人をヂツとにらめつけて居た。大広間の酔ぱらつて居る家来も流石に王のこの様子に気づいたのか急にヒツソリとなつた。殺気に満ちた静けさが長くつゞいた。やゝあつて謝源は何と思つたか丈の高い方の蘭人に彼の大杯をグイツと差しのべて「飲んで見ろ」と言つた。そして郭光に眼でついでやれと言ひつけた。その蘭人はさすがに狼狽した。そして「失礼でございませうが、私は日本の酒は飲めないんで……」と言つて、「イヒヽヽヽ」と追従笑ひをした。実際蘭人達は日本酒、殊にアルコール分の強い泡盛は飲めなかつたのである。
謝源はカツとなつた。さつきのことばと言へ[#「言へ」に「(ママ)」の注記]、今の笑ひ声と言ひ明らかに自分を侮辱してると彼は一途に思ひつめた。「わしのやうな小国の王の杯は受けぬと言ふのか、恩知らず奴ツ」彼はこう叫ぶやいなや、その大杯を丈の高い蘭人の額にハツシとぶつけた。彼は何もかもわからなくなつた。傍にあつた刀をとり上げて鞘を払つた。立ち上つた。刀をめちやくちやに振り廻した。蘭人二人の首は飛んだ。これらのことは皆同時になつて表はれたと、いつてもいゝ程であつた。やゝあつて謝源はニヨツキリとつつ立つたまゝ「恩知らずツ馬鹿ツたわけめツ」とあらゆる罵声を首のない二人の死骸にあびせかけて居た。もう酒宴どころの騒ぎではなかつた。家来はたゞあはて、ふためいて居るばかりであつた。やゝあつて謝源の心は少しく落ちついて来た。彼は力なげに外をながめた。
月が出たのかそれらは一面に白くあかるかつた。夜露にしめつた秋草の葉は月の光で青白くキラキラ光つて居た。
虫の声さへ聞えて居た。
謝源はもうシ[#「シ」に「(ママ)」の注記]ツカリ自暴自棄に陥つて居た。
地図にさへ出てない小さな島を五年もかゝつて、やつと占領した自分の力のふがひなさにはもう呆れ返つて居た。謝源は人が自分の力に全く愛想をつかした時程淋しいことはあるものでないと考へた。彼は男泣きに大声をあげて泣いてしまひたかつた。波の音がかすかにザザザと聞えて居た。裏の甘蔗畑が月に照らされて一枚一枚の甘蔗の葉影も鮮やかに
前へ
次へ
全7ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング