つた。丈の高い蘭人は尚説明をし続けて行つた。「この北方の大きな国は夜国と申します。夜ばかり続くそうです。そのチヨツと下の大きな所はガルシヤと申します。ズーツとこつちに来ましてこの広い島はメリカンと申します……」謝源は可成失望をしてしまつた。目ぼしい大きい国は皆名さへ聞いたことのないものばかりであつたからだ。それでも彼は細いながらも望みをもつて居た。とうとう「ヨシヨシ。して、わしの領土は一体どこぢや」と聞いてしまつた。謝源はやがて蘭人が指さして呉れる大きな国を想像して居た。蘭人は少しためらつて居た。謝源はせきこんで「ウン一体どこぢや」と言つた。二人の蘭人は互に顔を見合せて何事かうなづき合つて居たが、やがて太つた方の蘭人がさも当惑したやうにして「サア、チヨツト見つかりませんやうです、この地図は大きい国ばかりを書いたものですから、あまり名の知れてない、こまかい国は記入してないかも知れません、現にこれには日本さへあるかなしのやうに、小さく書かれて居ますから……」とモヂモヂしながら言つた。
 謝源は「何ツ※[#感嘆符二つ、1−8−75]」とたつた一こと低いが併し鋭く叫んだ。それきり呼吸が止つてしまつたやうな気がした。全身の血が一度に血管を破つて体外にほとばしり出たやうな感じがした。眼玉の上がズキンとなにかで、こ突かれたやうな気がした。全身がブルブル震つたことも意識した。彼はその蘭人の為に土足のまゝで鼻柱を挫かれたやうな思ひがした。今の蘭人の言葉は彼にとつては致命的な侮辱であつた。真赤な眼をして凍つたやうになつて、地図を穴のあく程みつめて居た。「名高くない小さい所は記入してないといふのか」彼はヤツとこれだけ言ふことが出来た。そしてキツト二人の蘭人を見つめた。蘭人達はあまりに変つた王の様子にタヾ恐ろしさの為に震つてばかり居た。そして「ハイ日本さへもこのやうに小さく出てるんですから」とやつと青くなりながら言つた。
 謝源はもうだまつて居ることが出来なくなつた。そして妙にフラフラになつて「郭光※[#感嘆符二つ、1−8−75] 酒だ※[#感嘆符二つ、1−8−75]」といつた。郭光はあまりのことにボンヤリして「ハツ」と答へたが別に酒をついでやらうともしなかつた。「酒だといふに※[#感嘆符二つ、1−8−75]」郭光はこの二度目の呼び声にハツと気がつき謝源のグツと差し出した大杯に少しく酒を注
前へ 次へ
全7ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング