、この女はあれほど私の詩の仲間を糞味噌《くそみそ》に悪く言い、殊《こと》にも仲間で一番若い浅草のペラゴロの詩人、といってもまだ詩集の一つも出していないほんの少年でしたが、そいつに対する彼女の蔭の嘲罵《ちょうば》は、最も物凄いものでございまして、そうして何の事は無い、やがてその少年と通じ、私を捨てて逃げて行きましたのでございます。まことに女は、奇怪な事をするものでございます。まったく、じっさい、その心理を解するに苦しむのみでございます。

 しかし、これでも、その次の三番目の女房に較べると、まだよいほうだと言わなければなりませんのでございます。これはもうはじめから、私を苦力《クリイ》のようにこき使う目的を以て私に近づいて来たのです。その頃は私も、おのずから次第にダメになり、詩を書く気力も衰え、八丁堀の路地に小さいおでんやの屋台を出し、野良犬《のらいぬ》みたいにそこに寝泊りしていたのですが、その路地のさらに奥のほうに、六十過ぎの婆とその娘と称する四十ちかい大年増が、焼芋《やきいも》やの屋台を出し、夜寝る時は近くの木賃宿に行き、ほとんど私同様、無一物の乞食みたいな生活をしていまして、そいつら
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