ても、仕事はつらいとは思いませんでしたが、その印刷所のおかみさんと、それから千葉県出身だとかいう色のまっくろな三十歳前後のめしたき女と、この二人の意地くね悪い仕打には、何度泣かされたかわかりません。ご自分のしている事が、どんなにこちらに手痛いか、てんでお気附きにならないらしいので、ただもう、おそろしいと言うよりほかはございませんでした。内にいると、そのおかみさんとめしたき女にいじめられるし、たまたま休みの日など外へ遊びに出ても、外にはまた、別種の手剛《てごわ》い意地悪の夜叉《やしゃ》がいるのでございました。あれは、私が東京へ出て一年くらい経った、なんでもじめじめ雨の降り続いている梅雨の頃の事と覚えていますが、柄《がら》でも無く、印刷所の若いほうの職工と二人で傘《かさ》をさして吉原へ遊びに行き、いやもう、ひどいめに逢いました。そもそも吉原の女と言えば、女性の中で最もみじめで不仕合せで、そうして世の同情と憐憫《れんびん》の的《まと》である筈でございましたが、実際に見学してみますると、どうしてなかなか勢力のあるもので、ほとんどもう貴婦人みたいにわがままに振舞い、私は呶鳴《どな》られはせぬかと
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