、私が十歳くらいの頃の事でありましたでしょうか、この下女は、さあ、あれで十七、八になっていたのでしょうか、頬の赤い眼のきょろきょろした痩《や》せた女でありましたが、こいつが主人の総領|息子《むすこ》たる私に、実にけしからん事を教えまして、それから今度は、私のほうから近づいて行きますと、まるで人が変ったみたいに激怒して私を突き飛ばし、お前は口が臭くていかん! と言いました。あの時のはずかしさ、私はそれから数十年経ったこんにち思い出しても、わあっ! と大声を挙げて叫び狂いたい程でございます。
 また、たぶん同じ頃の事であったかと思いますが、村の小学校、と申しましても、生徒が四、五十人に先生が二人、しかもその先生も、はたちをちょっと過ぎたくらいの若い先生と、それからその奥さんと二人なのでございまして、私は子供心にもその奥さんをお綺麗《きれい》なお方だと思い込んでいまして、いや、或いは村の人たちがそのように評判するのを聞いて、自分もいつしかそんな工合《ぐあい》の気持になったのか、何といってもそこは子供でございますから、お綺麗なお方だと思い込んでも、別段、それに就いて悩むなどという深刻な事はなく
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