敗ではなかったのか。いや、失敗どころか、かえってこの少女たちに、なにか勇敢な男としての印象を与えたのかも知れない。そう自惚《うぬぼ》れて私は、ほっと溜息ついて、傍の椅子に腰をおろした。
「きょうは、私、サアヴィスしないことよ。」
日本髪の少女は、そう言っていやらしく笑いこけた。
「いいわよ。」断髪の少女が長い袖《そで》で日本髪の少女をぶつ真似をした。「私がするわよ。ねえ、私、だめ?」
「ふたり一緒がいい。」
私は、酒も飲まぬうちに酔っぱらっていた。
「あら! 欲ばりねえ。」
断髪が私をにらんだ。
「いや、慈悲ぶかいんだ。」
「うまいわねえ。」
日本髪が感心した。
私は面目をほどこして、それからウイスキイを命じた。
私は、私に酒飲みの素質があることを知った。一杯のんで、すでに酔った。二杯のんで、さらに酔った。三杯のんで、心から愉快になった。ちっとも気持がわるいことはないのである。断髪の少女が、今夜は私の傍につききりであった。いよいよ、気持がわるい筈はないのである。私の不幸な生涯を通じて、このときほど仕合せなことはいちどもなかった。けれども私は、その少女と、あまり口数多く語らなかった。いや、語れなかった。
「君の名は、なんて言うの?」
「私、雪。」
「雪、いい名だ。」
それからまた三十分も私たちは黙っていた。ああ、黙っていても少女が私から離れぬのだ。沈黙のうちに瞳《ひとみ》が物語るこのよろこび。私が昨夜書いた「初恋の記」にも、こんな描写がたくさんたくさんあったのだ。夜がふけるとともにお客がぽつぽつ見えはじめた。やはり雪は、私の傍を離れなかったけれど、他のお客に対する私の敵意が、私をすこし饒舌《じょうぜつ》にした。場のにぎやかな空気が私を浮き浮きさせたからでもあったろう。
「君、僕の昨日のとこね、あれ、君、僕を馬鹿だと思ったろう。」
「いいえ。」雪は頬を両手でおさえて微笑《ほほえ》んだ。「しゃれてると思ったわ。」
「しゃれてる? そうか。おい、君、ウイスキイもう一杯。君も飲まないか。」
「私、飲めないの。」
「飲めよ。きょうはねえ、僕、うれしいことがあるんだ。飲めよ。」
「では、すこうし、ね。」
雪は、そう言ってカウンタア・ボックスに行って、二つのグラスにウイスキイをなみなみとたたえて持って来た。
「さあ、乾杯だ。飲めよ。」
雪は、眼をつぶってぐっと飲ん
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