借金の手紙として全く拙劣を極むるものと認む。要するに、微塵《みじん》も誠意と認むるものなし。みなウソ文章なり)
「これはひどいですねえ。」私は思わず嘆声を発した。
「ひどいだろう? 呆《あき》れたろう。」
「いいえ、あなたの朱筆のほうがひどいですよ。僕の文章は、思っていた程でも無かった。狡智《こうち》の極を縦横に駆使した手紙のような気がしていたのですが、いま読んでみて案外まともなので拍子抜けがしたくらいです。だいいち、あなたにこんなに看破されて、こんな、こんな、」まぬけた悪鬼なんてあるもんじゃない、と言おうとしたのだが言えなかった。どこかで、まだ私がこの先輩をだましているのかも知れないと思ったからである。私が言い澱《よど》んでいると、先輩は、どれどれと言って私の手から巻紙を取り上げて、
「むかしの事だから、どんな文句か忘れてしまった。」と呟《つぶや》いて読んでいるうちに、噴き出してしまった。「君も馬鹿だねえ。」と言った。
 馬鹿。この言葉に依って私は救われた。私は、サタンではなかった。悪鬼でもなかった。馬鹿であった。バカというものであった。考えてみると、私の悪事は、たいてい片っ端から皆
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