よ深く御自身の宿命を知った。
 二十世紀のばかな作家の身の上に於いても、これに似た思い出があるのだ。けれども、結果はまるで違っている。
 かれ、秋の一夜、学生たちと井《い》の頭《かしら》公園に出でゆき、途にて学生たちに問いて言いたまう「人々は我を誰と言うか」答えて言う「にせもの。或人は、嘘つき。また或人は、おっちょこちょい。或人は、酒乱者の一人」また問い給う「なんじらは我を誰と言うか」ひとりの落第生答えて言う「なんじはサタン、悪の子なり」かれ驚きたまい「さらば、これにて別れん」
 私は学生たちと別れて家に帰り、ひどい事を言いやがる、と心中はなはだ穏かでなかった。けれども私には、かの落第生の恐るべき言葉を全く否定し去る事も出来なかった。その時期に於いて私は、自分を完全に見失っていたのだ。自分が誰だかわからなかった。何が何やら、まるでわからなくなってしまっていたのである。仕事をして、お金がはいると、遊ぶ。お金がなくなると、また仕事をして、すこしお金がはいると、遊ぶ。そんな事を繰り返して一夜ふと考えて、慄然《りつぜん》とするのだ。いったい私は、自分をなんだと思っているのか。之《これ》は、てん
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