いては、牛鍋、鳥鍋の事をそれぞれ、牛のカヤキ、鳥のカヤキといふ工合に呼ぶのである。貝焼《かひやき》の訛りであらうと思はれる。いまはさうでもないやうだけれど、私の幼少の頃には、津軽に於いては、肉を煮るのに、帆立貝の大きい貝殻を用ゐてゐた。貝殻から幾分ダシが出ると盲信してゐるところも無いわけではないやうであるが、とにかく、これは先住民族アイヌの遺風ではなからうかと思はれる。私たちは皆、このカヤキを食べて育つたのである。卵味噌のカヤキといふのは、その貝の鍋を使ひ、味噌に鰹節をけづつて入れて煮て、それに鶏卵を落して食べる原始的な料理であるが、実は、これは病人の食べるものなのである。病気になつて食がすすまなくなつた時、このカヤキの卵味噌をお粥に載せて食べるのである。けれども、これもまた津軽特有の料理の一つにはちがひなかつた。Sさんは、それを思ひつき、私に食べさせようとして連呼してゐるのだ。私は奥さんに、もうたくさんですから、と拝むやうに頼んでSさんの家を辞去した。読者もここに注目をしていただきたい。その日のSさんの接待こそ、津軽人の愛情の表現なのである。しかも、生粋《きつすい》の津軽人のそれであ
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