きりに私を誘惑するのである。御好志はありがたかつたが、私は頭の鉢以来、とみに意気が沮喪して、早くN君の家へ引上げて、一寝入りしたかつた。Sさんのお家へ行つて、こんどは頭の鉢どころか、頭の内容まで見破られ、ののしられるやうな結果になるのではあるまいかと思へばなほさら気が重かつた。私は、れいに依つてT君の顔色を伺つた。T君が行けと言へば、これは、行かなくてはなるまいと覚悟してゐた。T君は、真面目な顔をしてちよつと考へ、
「行つておやりになつたら? Sさんは、けふは珍らしくひどく酔つてゐるやうですが、ずいぶん前から、あなたのおいでになるのを楽しみにして待つてゐたのです。」
私は行く事にした。頭の鉢にこだはる事は、やめた。あれはSさんが、ユウモアのつもりでおつしやつたのに違ひないと思ひ直した。どうも、容貌に自信が無いと、こんなつまらぬ事にもくよくよしていけない。容貌に就いてばかりでなく、私にいま最も欠けてゐるものは「自信」かも知れない。
Sさんのお家へ行つて、その津軽人の本性を暴露した熱狂的な接待振りには、同じ津軽人の私でさへ少しめんくらつた。Sさんは、お家へはひるなり、たてつづけに奥さん
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