衣を着ながら、「僕たちが前から計画してゐたのです。Sさんが配給の上等酒をとつて置いたさうですから、これから皆で、それをごちそうになりに行きませう。Nさんのごちそうにばかりなつてゐては、いけません。」
 私はT君の言ふ事におとなしく従つた。だから、T君が傍についてゐてくれると、心強いのである。
 Eといふ旅館は、なかなか綺麗だつた。部屋の床の間も、ちやんとしてゐたし、便所も清潔だつた。ひとりでやつて来て泊つても、わびしくない宿だと思つた。いつたいに、津軽半島の東海岸の旅館は、西海岸のそれと較べると上等である。昔から多くの他国の旅人を送り迎へした伝統のあらはれかも知れない。昔は北海道へ渡るのに、かならず三厩から船出する事になつてゐたので、この外ヶ浜街道はそのための全国の旅人を朝夕送迎してゐたのである。旅館のお膳にも蟹が附いてゐた。
「やつぱり、蟹田だなあ。」と誰か言つた。
 T君はお酒を飲めないので、ひとり、さきにごはんを食べたが、他の人たちは、皆、Sさんの上等酒を飲み、ごはんを後廻しにした。酔ふに従つてSさんは、上機嫌になつて来た。
「私はね、誰の小説でも、みな一様に好きなんです。読んで
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