し顔に言ふ。
 私の立場は、いけなくなるばかりだ。
「そりや、いいはうかも知れない。まあ、いいはうだらう。しかし、君たちは、僕を前に置きながら、僕の作品に就いて一言も言つてくれないのは、ひどいぢやないか。」私は笑ひながら本音《ほんね》を吐いた。
 みんな微笑した。やはり、本音を吐くに限る、と私は図に乗り、
「僕の作品なんかは、滅茶苦茶だけれど、しかし僕は、大望を抱いてゐるんだ。その大望が重すぎて、よろめいてゐるのが僕の現在のこの姿だ。君たちには、だらしのない無智な薄汚い姿に見えるだらうが、しかし僕は本当の気品といふものを知つてゐる。松葉の形の干菓子《ひぐわし》を出したり、青磁の壺に水仙を投げ入れて見せたつて、僕はちつともそれを上品だとは思はない。成金趣味だよ、失敬だよ。本当の気品といふものは、真黒いどつしりした大きい岩に白菊一輪だ。土台に、むさい大きい岩が無くちや駄目なもんだ。それが本当の上品といふものだ。君たちなんか、まだ若いから、針金で支へられたカーネーションをコツプに投げいれたみたいな女学生くさいリリシズムを、芸術の気品だなんて思つてゐやがる。」
 暴言であつた。「他の短を挙げて
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