、といふところだつたと覚えてゐる。また、紺の股引を買ひに汗だくで歩き廻つたところは、土手《どて》町といふ城下に於いて最も繁華な商店街である。それらに較べると、青森の花街の名は、浜町である。その名に個性がないやうに思はれる。弘前の土手町に相当する青森の商店街は、大町と呼ばれてゐる。これも同様のやうに思はれる。ついでだから、弘前の町名と、青森の町名とを次に列記してみよう。この二つの小都会の性格の相違が案外はつきりして来るかも知れない。本町、在府町、土手町、住吉町、桶屋町、銅屋町、茶畑町、代官町、萱町、百石町、上鞘師町、下鞘師町、鉄砲町、若党町、小人町、鷹匠町、五十石町、紺屋町、などといふのが弘前市の街の名である。それに較べて、青森市の街々の名は、次のやうなものである。浜町、新浜町、大町、米町、新町、柳町、寺町、堤町、塩町、蜆貝町、新蜆貝町、浦町、浪打、栄町。
けれども私は、弘前市を上等のまち、青森市を下等の町だと思つてゐるのでは決してない。鷹匠町、紺屋町などの懐古的な名前は何も弘前市にだけ限つた町名ではなく、日本全国の城下まちに必ず、そんな名前の町があるものだ。なるほど弘前市の岩木山は、
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