感じだ。これでは町の勢力あらそひなど、ごたごたあるのではなからうかと、れいのドガ式政談さへ胸中に往来したほど、どこか、かなめの心細い町であつた。かう書きながら、私は幽かに苦笑してゐるのであるが、深浦といひ鰺ヶ沢といひ、これでも私の好きな友人なんかがゐて、ああよく来てくれた、と言つてよろこんで迎へてくれて、あちこち案内し説明などしてくれたならば、私はまた、たわいなく、自分の直感を捨て、深浦、鰺ヶ沢こそ、津軽の粋である、と感激の筆致でもつて書きかねまいものでもないのだから、実際、旅の印象記などあてにならないものである。深浦、鰺ヶ沢の人は、もしこの私の本を読んでも、だから軽く笑つて見のがしてほしい。私の印象記は、決して本質的に、君たちの故土を汚すほどの権威も何も持つてゐないのだから。
鰺ヶ沢の町を引上げて、また五能線に乗つて五所川原町に帰り着いたのは、その日の午後二時。私は駅から、まつすぐに、中畑さんのお宅へ伺つた。中畑さんの事は、私も最近、「帰去来」「故郷」など一聯の作品によく書いて置いた筈であるから、ここにはくどく繰り返さないが、私の二十代に於けるかずかずの不仕鱈の後仕末を、少しもいや
前へ
次へ
全228ページ中196ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング