時間ほど経つと、右の窓に大戸瀬の奇勝が展開する。この辺の岩石は、すべて角稜質凝灰岩とかいふものださうで、その海蝕を受けて平坦になつた斑緑色の岩盤が江戸時代の末期にお化けみたいに海上に露出して、数百人の宴会を海浜に於いて催す事が出来るほどのお座敷になつたので、これを千畳敷と名附け、またその岩盤のところどころが丸く窪んで海水を湛へ、あたかもお酒をなみなみと注いだ大盃みたいな形なので、これを盃沼《さかづきぬま》と称するのださうだけれど、直径一尺から二尺くらゐのたくさんの大穴をことごとく盃と見たてるなど、よつぽどの大酒飲みが名附けたものに違ひない。この辺の海岸には奇岩削立し、怒濤にその脚を絶えず洗はれてゐる、と、まあ、名所案内記ふうに書けば、さうもなるのだらうが、外ヶ浜北端の海浜のやうな異様な物凄さは無く、謂はば全国到るところにある普通の「風景」になつてしまつてゐて、津軽独得の佶屈とでもいふやうな他国の者にとつて特に難解の雰囲気は無い。つまり、ひらけてゐるのである。人の眼に、舐められて、明るく馴れてしまつてゐるのである。れいの竹内運平氏は「青森県通史」に於いて、この辺以南は、昔からの津軽領では
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