、巨大の根つこを抱きかかへて来て、ざんぶとばかり滝口に投じた。まあ、どうやら、橋が出来た。嫂は、ちよつと渡りかけたが、やはり足が前にすすまないらしい。アヤの肩に手を置いて、やつと半分くらゐ渡りかけて、あとは川も浅いので、即席の橋から川へ飛び降りて、じやぶじやぶと水の中を歩いて渡つてしまつた。モンペの裾も白足袋も草履も、びしよ濡れになつた様子である。
「まるで、もう、高山帰りの姿です。」嫂は、私のさつきの高山へ遠足してみじめな姿で帰つた話をふと思ひ出したらしく、笑ひながらさう言つて、陽子もお婿さんも、どつと笑つたら、兄は振りかへつて、
「え? 何?」と聞いた。みんな笑ふのをやめた。兄がへんな顔をしてゐるので、説明してあげようかな、とも思つたが、あまり馬鹿々々しい話なので、あらたまつて「高山帰り」の由来を説き起す勇気は私にも無かつた。兄は黙つて歩き出した。兄は、いつでも孤独である。

     五 西海岸

 前にも幾度となく述べて来たが、私は津軽に生れ、津軽に育ちながら、今日まで、ほとんど津軽の土地を知つてゐなかつた。津軽の日本海方面の西海岸には、それこそ小学校二、三年の頃の「高山行き」
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