離れてゐてもその糸は切れない、どんなに近づいても、たとひ往来で逢つても、その糸はこんぐらかることがない、さうして私たちはその女の子を嫁にもらふことにきまつてゐるのである。私はこの話をはじめて聞いたときには、かなり興奮して、うちへ帰つてからもすぐ弟に物語つてやつたほどであつた。私たちはその夜も、波の音や、かもめの声に耳傾けつつ、その話をした。お前のワイフは今ごろどうしてるべなあ、と弟に聞いたら、弟は桟橋のらんかんを二三度両手でゆりうごかしてから、庭あるいてる、ときまり悪げに言つた。大きい庭下駄をはいて、団扇をもつて、月見草を眺めてゐる少女は、いかにも弟と似つかはしく思はれた。私のを語る番であつたが、私は真暗い海に眼をやつたまま、赤い帯しめての、とだけ言つて口を噤んだ。海峡を渡つて来る連絡船が、大きい宿屋みたいにたくさんの部屋部屋へ黄色いあかりをともして、ゆらゆらと水平線から浮んで出た。」
この弟は、それから二、三年後に死んだが、当時、私たちは、この桟橋に行く事を好んだ。冬、雪の降る夜も、傘をさして弟と二人でこの桟橋に行つた。深い港の海に、雪がひそひそ降つてゐるのはいいものだ。最近は青森
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