にして長々と水面にからだを浮かせたままこちらの岸に近づいて来た。アヤは、この時、立ち上つた。一間ばかりの木の枝を持ち、黙つて走つて行つて、ざんぶと渓流に突入し、ずぶりとやつた。私たちは眼をそむけ、
「死んだか、死んだか。」私は、あはれな声を出した。
「片附けました。」アヤは、木の枝も一緒に渓流にはふり投げた。
「まむしぢやないか。」私は、それでも、まだ恐怖してゐた。
「まむしなら、生捕りにしますが、いまのは、青大将でした。まむしの生胆は薬になります。」
「まむしも、この山にゐるのかね。」
「はい。」
私は、浮かぬ気持で、ビールを飲んだ。
アヤは、誰よりも早くごはんをすまして、それから大きい丸太を引ずつて来て、それを渓流に投げ入れ、足がかりにして、ひよいと対岸に飛び移つた。さうして、対岸の山の絶壁によぢ登り、ウドやアザミなど、山菜を取り集めてゐる様子である。
「あぶないなあ。わざわざ、あんな危いところへ行かなくつたつて、他のところにもたくさん生えてゐるのに。」私は、はらはらしながらアヤの冒険を批評した。「あれはきつと、アヤは興奮して、わざとあんな危いところへ行き、僕たちにアヤの勇敢なところを大いに見せびらかさうといふ魂胆に違ひない。」
「さうよ、さうよ。」と姪も大笑ひしながら、賛成した。
「アヤあ!」と私は大声で呼びかけた。「もう、いい。あぶないから、もう、いい。」
「はい。」とアヤは答へて、するすると崖から降りた。私は、ほつとした。
帰りは、アヤの取り集めた山菜を、陽子が背負つた。この姪は、もとから、なりも振りも、あまりかまはない子であつた。帰途は、外ヶ浜に於ける「いまだ老いざる健脚家」も、さすがに疲れて、めつきり無口になつてしまつた。山から降りたら、郭公が鳴いてゐる。町はづれの製材所には、材木がおびただしく積まれてゐて、トロツコがたえず右往左往してゐる。ゆたかな里の風景である。
「金木も、しかし、活気を呈して来ました。」と、私はぽつんと言つた。
「さうですか。」お婿さんも、少し疲れたらしい。もの憂さうに、さう言つた。
私は急にてれて、
「いやあ、僕なんかには、何もわかりやしませんけど、でも、十年前の金木は、かうぢやなかつたやうな気がします。だんだん、さびれて行くばかりの町のやうに見えました。いまのやうぢやなかつた。いまは何か、もりかへしたやうな感じがします
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