するの?」
「いや、三厩の宿へ行つて、これを一枚のままで塩焼きにしてもらつて、大きいお皿に載せて三人でつつかうと思つてね。」
「どうも、君は、ヘンテコな事を考へる。それでは、まるでお祝言か何かみたいだ。」
「でも、一円七十銭で、ちよつと豪華な気分にひたる事も出来るんだから、有難いぢやないか。」
「有難かないよ。一円七十銭なんて、この辺では高い。実に君は下手な買ひ物をした。」
「さうかねえ。」私は、しよげた。
たうとう私は二尺の鯛をぶらさげたまま、お寺の境内にはひつてしまつた。
「どうしませう。」と私は小声でMさんに相談した。「弱りました。」
「さうですね。」Mさんは真面目な顔して考へて、「お寺へ行つて新聞紙か何かもらつて来ませう。ちよつと、ここで待つてゐて下さい。」
Mさんはお寺の庫裏のはうに行き、やがて新聞紙と紐を持つて来て、問題の鯛を包んで私のリユツクサツクにいれてくれた。私は、ほつとして、お寺の山門を見上げたりなどしたが、別段すぐれた建築とも見えなかつた。
「たいしたお寺でもないぢやないか。」と私は小声でN君に言つた。
「いやいや、いやいや。外観よりも内容がいいんだ。とにかく、お寺へはひつて坊さんの説明でも聞きませう。」
私は気が重かつた。しぶしぶN君の後について行つたが、それから、実にひどいめに逢つた。お寺の坊さんはお留守のやうで、五十年配のおかみさんらしいひとが出て来て、私たちを本堂に案内してくれて、それから、長い長い説明がはじまつた。私たちは、きちんと膝を折つて、かしこまつて拝聴してゐなければならぬのである。説明がちよつと一区切ついて、やれうれしやと立上らうとすると、N君は膝をすすめて、
「しからば、さらにもう一つお尋ねいたしますが、」と言ふのである。「いつたい、このお寺はテイデン和尚が、いつごろお作りになつたものなのでせうか。」
「何をおつしやつてゐるのです。貞伝上人様はこのお寺を御草創なさつたのではございませんよ。貞伝上人様は、このお寺の中興開山、五代目の上人様でございまして、――」と、またもや長い説明が続く。
「さうでしたかな。」とN君は、きよとんとして、「しからば、さらにお尋ねいたしますが、このテイザン和尚は、」テイザン和尚と言つた。まつたく滅茶苦茶である。
N君は、ひとり熱狂して膝をすすめ膝をすすめ、つひにはその老婦人の膝との間隔が紙一
前へ
次へ
全114ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング