思慕の情をこめて言ってみた。そろそろ肉が無くなって、群烏は二羽立ち、五羽立ち、むらむらぱっと大部分飛び立ち、あとには三羽、まだ肉を捜して居残り、魚容はそれを見て胸をとどろかせ手に汗を握ったが、肉がもう全く無いと見てぱっと未練《みれん》げも無く、その三羽も飛び立つ。魚容は気抜けの余りくらくら眩暈《めまい》して、それでも尚《なお》、この場所から立ち去る事が出来ず、廟の廊下に腰をおろして、春霞《はるがすみ》に煙る湖面を眺めてただやたらに溜息をつき、「ええ、二度も続けて落第して、何の面目があっておめおめ故郷に帰られよう。生きて甲斐《かい》ない身の上だ、むかし春秋戦国の世にかの屈原《くつげん》も衆人皆酔い、我|独《ひと》り醒《さ》めたり、と叫んでこの湖に身を投げて死んだとかいう話を聞いている、乃公《おれ》もこの思い出なつかしい洞庭に身を投げて死ねば、或《ある》いは竹青がどこかで見ていて涙を流してくれるかも知れない、乃公を本当に愛してくれたのは、あの竹青だけだ、あとは皆、おそろしい我慾の鬼ばかりだった、人間万事塞翁の馬だと三年前にあのお爺《じい》さんが言ってはげましてくれたけれども、あれは嘘だ、不
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