て縁の下から出てきた。
「来い、来い!」私は、さっさと歩きだした。きょうは、あんな、意地悪くポチの姿を見つめるようなことはしないので、ポチも自身の醜さを忘れて、いそいそ私についてきた。霧が深い。まちはひっそり眠っている。私は、練兵場へいそいだ。途中、おそろしく大きい赤毛の犬が、ポチに向って猛烈に吠えたてた。ポチは、れいによって上品ぶった態度を示し、何を騒いでいるのかね、とでも言いたげな蔑視《べっし》をちらとその赤毛の犬にくれただけで、さっさとその面前を通過した。赤毛は、卑劣《ひれつ》である。無法にもポチの背後から、風のごとく襲いかかり、ポチの寒しげな睾丸《こうがん》をねらった。ポチは、咄嗟《とっさ》にくるりと向きなおったが、ちょっと躊躇《ちゅうちょ》し、私の顔色をそっと伺った。
「やれ!」私は大声で命令した。「赤毛は卑怯だ! 思う存分やれ!」
 ゆるしが出たのでポチは、ぶるんと一つ大きく胴震いして、弾丸のごとく赤犬のふところに飛びこんだ。たちまち、けんけんごうごう、二匹は一つの手毬《てまり》みたいになって、格闘した。赤毛は、ポチの倍ほども大きい図体《ずうたい》をしていたが、だめであった
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