しておいてやっているのだ。わからんかね」
「でも、ちょっとポチが見えなくなると、ポチはどこへ行ったろう、どこへ行ったろう、と大騒ぎじゃないの」
「いなくなると、いっそう薄気味が悪いからさ、僕に隠れて、ひそかに同志を糾合《きゅうごう》しているのかもわからない。あいつは、僕に軽蔑されていることを知っているんだ。復讐心が強いそうだからなあ、犬は」
いまこそ絶好の機会であると思っていた。この犬をこのまま忘れたふりして、ここへ置いて、さっさと汽車に乗って東京へ行ってしまえば、まさか犬も、笹子峠《ささごとうげ》を越えて三鷹村まで追いかけてくることはなかろう。私たちは、ポチを捨てたのではない。まったくうっかりして連れてゆくことを忘れたのである。罪にはならない。またポチに恨まれる筋合もない。復讐されるわけはない。
「だいじょうぶだろうね。置いていっても、飢え死するようなことはないだろうね。死霊の祟《たた》りということもあるからね」
「もともと、捨犬だったんですもの」家内も、少し不安になった様子である。
「そうだね。飢え死することはないだろう。なんとか、うまくやってゆくだろう。あんな犬、東京へ連れてい
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