があったら、どうする。ないとは言わせぬ。血に飢えたる猛獣である。何をするか、わかったものでない。私はむごたらしく噛み裂かれ、三、七、二十一日間病院に通わなければならぬ。犬の喧嘩は、地獄である。私は、機会あるごとにポチに言い聞かせた。
「喧嘩しては、いけないよ。喧嘩するなら、僕からはるか離れたところで、してもらいたい。僕は、おまえを好いてはいないんだ」
 少し、ポチにもわかるらしいのである。そう言われると多少しょげる。いよいよ私は犬を、薄気味わるいものに思った。その私の繰り返し繰り返し言った忠告が効を奏したのか、あるいは、かのシェパアドとの一戦にぶざまな惨敗《ざんぱい》を喫《きっ》したせいか、ポチは、卑屈なほど柔弱《にゅうじゃく》な態度をとりはじめた。私といっしょに路を歩いて、他の犬がポチに吠えかけると、ポチは、
「ああ、いやだ、いやだ。野蛮ですねえ」
 と言わんばかり、ひたすら私の気に入られようと上品ぶって、ぶるっと胴震いさせたり、相手の犬を、しかたのないやつだね、とさもさも憐れむように流し目で見て、そうして、私の顔色を伺い、へっへっへっと卑しい追従《ついしょう》笑いするかのごとく、そ
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