もと、この犬は練兵場の隅に捨てられてあったものにちがいない。私のあの散歩の帰途、私にまつわりつくようにしてついてきて、その時は、見るかげもなく痩《や》せこけて、毛も抜けていてお尻の部分は、ほとんど全部|禿《は》げていた。私だからこそ、これに菓子を与え、おかゆを作り、荒い言葉一つかけるではなし、腫《は》れものにさわるように鄭重《ていちょう》にもてなしてあげたのだ。ほかの人だったら、足蹴《あしげ》にして追い散らしてしまったにちがいない。私のそんな親切なもてなしも、内実は、犬に対する愛情からではなく、犬に対する先天的な憎悪と恐怖から発した老獪《ろうかい》な駈け引きにすぎないのであるが、けれども私のおかげで、このポチは、毛並もととのい、どうやら一人まえの男の犬に成長することを得たのではないか。私は恩を売る気はもうとうないけれども、少しは私たちにも何か楽しみを与えてくれてもよさそうに思われるのであるが、やはり捨犬はだめなものである。大めし食って、食後の運動のつもりであろうか、下駄をおもちゃにして無残に噛み破り、庭に干してある洗濯物を要《い》らぬ世話して引きずりおろし、泥まみれにする。
「こういう
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