にたおされてえ。風鈴声《ふうりんごえ》。そのほかの、あざ笑いの言葉も、このごろは、なくなって、枕もとの電気スタンドぼっと灯って居れば、あれは五時まえ、消えて居れば、しめた五時半、ものも言わず蚊帳《かや》を脱けだし、兵古帯《へこおび》ひきずり、一路、お医者へ。お医者。五時半になれば、看護婦ひとり起きて、玄関わきの八《や》つ手《で》に水をかけたり、砂利道、掃いたり、片眼ねむって、おもい門を丁度《ちょうど》その時ぎいとあけていたり、こんなもの、人間の気がしない。嘘です。あなたの眠さ、あなたの笑い、あの昼日中、エプロンのかな糸のくず、みんな、そのまんまにもらってしまって、それゆえ、小説も書けないのです。おまえに限ったことではない、書け、書け、苦しさ判って居る、ほんとうか! とおもわず大声たてて膝のむきかえたら、きみ、にやにや卑しく笑って遠のいた癖に、おれの苦しさ、わかるものかい。
あかい血、くろい血。これ、わかるか。家人を食った蚊の腹は、あかく透きとおり、私を食った蚊の腹は、くろく澱《よど》んで、白紙にこぼれて、かの毒物のにおいがする。「蚊も、まやくの血をのんでは、ふらふら。」というユウモラ
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