ゆえ、きょうよりのち、私、一粒の真珠をもおろそかに与えず、豚さん、これは真珠だよ、石ころや屋根の瓦とは違うのだよ、と懇切ていねい、理解させずば止まぬ工合《ぐあ》いの、けちな啓蒙、指導の態度、もとより苦しき茨《いばら》の路《みち》、けれども、ここにこそ見るべき発芽、創生うごめく気配のあること、確信、ゆるがず。
きょうよりのちは堂々と自註その一。不文の中《うち》、ところどころ片仮名のページ、これ、わが身の被告、審判の庭、霏々《ひひ》たる雪におおわれ純白の鶴《つる》の雛《ひな》一羽、やはり寒かろ、首筋ちぢめて童子の如く、甘えた語調、つぶらに澄める瞳、神をも恐れず、一点いつわらぬ陳述の心ゆえに、一字一字、目なれず綴りにくき煩瑣《はんさ》いとわず、かくは用いしものと知りたまえ。
「これは、あかい血、これは、くろい血。」ころされた蚊《か》、一匹、一匹、はらのふとい死骸を、枕頭の「晩年」の表紙の上にならべて、家人が、うたう。盗汗《ねあせ》の洪水の中で、眼をさまして家人の、そのような芝居に顔をしかめる。「気のきいたふうの夕刊売り、やめろ。」夕刊売り。孝女白菊。雪の日のしじみ売り、いそぐ俥《くるま》
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