の恥辱、文いたらず、人いたらぬこと、深く責めて、他意なし、人をうらまず独り、われ、厳酷の精進、これわが作家行動十年来の金科玉条、苦しみの底に在りし一夜も、ひそかにわれを慰め、しずかに微笑ませたこと再三ならずございました。けれども、一夜、転輾《てんてん》、わが胸の奥底ふかく秘め置きし、かの、それでもやっと一つ残し得たかなしい自矜《じきょう》、若きいのち破るとも孤城、まもり抜きますとバイロン卿に誓った掟《おきて》、苦しき手錠、重い鉄鎖、いま豁然《かつぜん》一笑、投げ捨てた。豚に真珠、豚に真珠、未来永劫、ほう、真珠だったのか、おれは嘲って、恥かしい、など素直にわが過失みとめての謝罪どころか、おれは先《せん》から知っていたねえ、このひと、ただの書生さんじゃないと見込んで、去年の夏、おれの畑のとうもろこし、七本ばっか呉《く》れてやったことがあります。まことは、二本。そのほか、処々の無智ゆえに情薄き評定の有様、手にとるが如く、眼前に真しろき滝を見るよりも分明、知りつつもわれ、真珠の雨、のちのち、わがためのブランデス先生、おそらくは、わが死後、――いやだ!
真珠の雨。無言の海容。すべて、これらのお慈悲、ひねこびた倒錯《とうさく》の愛情、無意識の女々しき復讐心より発するものと知れ。つね日頃より貴族の出《しゅつ》を誇れる傲縦《ごうしょう》のマダム、かの女の情夫のあられもない、一路物慾、マダムの丸い顔、望見するより早く、お金くれえ、お金くれえ、と一語は高く、一語は低く、日毎夜毎のお念仏。おのれの愛情の深さのほどに、多少、自負もっていたのが、破滅のもと、腕環投げ、頸飾り投げ、五個の指環の散弾、みんなあげます、私は、どうなってもいいのだ、と流石《さすが》に涙あふれて、私をだますなら、きっと巧みにだまして下さい、完璧《かんぺき》にだまして下さい、私はもっともっとだまされたい、もっともっと苦しみたい、世界中の弱き女性の、私は苦悩の選手です、などすこし異様のことさえ口走《くちばし》り、それでも母の如きお慈悲の笑顔わすれず、きゅっと抓《つま》んだしんこ細工のような小さい鼻の尖端、涙からまって唐辛子《とうがらし》のように真赤に燃え、絨毯《じゅうたん》のうえをのろのろ這って歩いて、先刻マダムの投げ捨てたどっさり金銀かなめのもの、にやにや薄笑いしながら拾い集めて居る十八歳、寅《とら》の年生れの美丈夫
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