島から追放されているのである。
「故郷なんてものは、泣きぼくろみたいなものさ。気にかけていたら、きりが無い。手術したって痕《あと》が残る。」この友人の右の眼の下には、あずき粒くらいの大きな泣きぼくろが在るのだ。
 私は、そんないい加減の言葉では、なぐさめられ切れず、鬱然として顔を仰向け、煙草ばかり吸っていた。
 その時である。友人は、私の庭の八本の薔薇に眼をつけ、意外の事実を知らせてくれた。これは、なかなか優秀の薔薇だ、と言うのだ。
「ほんとうかね。」
「そうらしい。これは、もう六年くらいは経っています。ばら新《しん》あたりでは、一本一円以上は取るね。」友人は、薔薇に就いては苦労して来たひとである。大久保の自宅の、狭い庭に、四、五十本の薔薇を植えている。
「でも、これを売りに来た女は、贋物だったんだぜ。」と私は、瞞《だま》された顛末《てんまつ》を早速、物語って聞かせた。
「商人というものは、不必要な嘘まで吐《つ》くやつさ。どうでも、買ってもらいたかったんだろう。奥さん、鋏《はさみ》を貸して下さい。」友人は庭へ降りて、薔薇のむだな枝を、熱心にぱちんぱちんと剪《はさ》み取ってくれている。

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