そのとき河内さんへも、半狂乱で借銭の手紙を書いたのである。河内さんから御返事が来て、それは結局、借銭拒否のお手紙であったが、けれども、拒否されても、私は河内さんを有難いと思った。私のような謂《い》わば一介の貧書生に、河内さんのお家の事情を全部、率直《そっちょく》に打ち明けて下され、このような状態であるから、とても君の希望に副《そ》うことのできないのが明白であるのに、尚《なお》ぐずぐずしているのも本意ないゆえ、この際きっぱりお断りいたします、とおっしゃる言葉の底に、男らしい尊いものが感ぜられ、私は苦しい中でも有難く思った。私は、それを忘れていない。新聞社の今度の招待は、きっと河内さんたちの計画に違いない。事を構えて欠席したら、或いは、金を貸さなかったから出て来ないのだと、まさかそんなことは有るまいけれど、もし万一そのような疑惑を少しでも持たれたなら、私は死ぬる以上に苦しい。決して、そんなことは無いのだ。あの時のことは、かえって真実ありがたく思っているのだ。私は、いまは是が非でも出席しなければならぬ。それが、理由の二つ。その三つは、招待状の文章に在った。――黄金色の稲田と真紅の苹果《りんご
前へ 次へ
全31ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング