いたのである。けれども、十のうち三分は、意識して、末席を選んだようなところもあった。それは、この会合への尊敬のゆえでは無くして、かえって反撥のゆえであったような気もする。反撥どころか、私は、不遜な蔑視の念をさえ持っていたような気もする。私にも、正確なところは判らない。とにかく、私は末席にいたのである。そうして私は、確かに居心地がよかった。これでよし、いまからでも名誉挽回が出来るかも知れぬ、と私は素直に喜んでいた。ところが、それからが、いけなかった。私の、それからの態度は、実に悪かったのである。全然、駄目であったのである。
私は、よくよく、駄目な男だ。少しも立派で無いのである。私は故郷に甘えている。故郷の雰囲気に触れると、まるで身体が、だるくなり、我儘が出てしまって、殆《ほとん》ど自制を失うのである。自分でも、おやおやと思うほど駄目になって、意志のブレーキが溶けて消えてしまうのである。ただ胸が不快にごとごと鳴って、全身のネジが弛《ゆる》み、どうしても気取ることが出来ないのである。次々と、山海の珍味が出て来るのであるが、私は胸が一ぱいで、食べることができない。何も食べずに、酒ばかり呑んだ。がぶ、がぶ呑んだのである。雨のため、部屋の窓が全部しめ切られて在るので、蒸し暑く、私は酒が全身に廻って、ふうふう言い、私の顔は、茹蛸《ゆでだこ》のように見えたであろう。いけない。こんな工合では、いよいよ故郷の評判が悪くなる。私のこんな情ない有様を、母や兄が見たなら、どんなに残念がることか、地団駄踏んで口惜しがることだろう、としきりに悲しく思っても、もはや私は、意志のブレーキを失っている。ただ、酒ばかり呑むのである。私の態度は、稚拙《ちせつ》であった。三十一にもなって、少しも可愛げが無くなっているのに、それでも、でれでれ甘えて、醜怪の極である。酔いが進むに連れて、ひとりで悲愴がって、この会合全体を否定してみたり、きざに異端を誇示しようと企んだり、或いは思い直して、いやいやここに列席している人たちは、みな一廉《ひとかど》の人物なのだ、優しく謙虚な芸術家なのだ、誠実に、苦労して生きて来た人たちばかりだ。卑劣なのは、僕だけだ。嗟《ああ》、僕は臆病者だ、女の腐ったみたいなものだ、そんなに、この会がいやならば、なぜ袴をはいて出席したりなどするのだ、お前のさもしい焦躁は、見え透いているぞ、と自分を
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