いっさい答を拒否してもかまわないのだという事は、自分も知っていましたが、しかし、秋の夜ながに興を添えるため、自分は、あくまでも神妙に、そのお巡りこそ取調べの主任であって、刑罰の軽重の決定もそのお巡りの思召《おぼしめ》し一つに在るのだ、という事を固く信じて疑わないような所謂誠意をおもてにあらわし、彼の助平の好奇心を、やや満足させる程度のいい加減な「陳述」をするのでした。
「うん、それでだいたいわかった。何でも正直に答えると、わしらのほうでも、そこは手心を加える」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ほとんど入神の演技でした。そうして、自分のためには、何も、一つも、とくにならない力演なのです。
夜が明けて、自分は署長に呼び出されました。こんどは、本式の取調べなのです。
ドアをあけて、署長室にはいったとたんに、
「おう、いい男だ。これあ、お前が悪いんじゃない。こんな、いい男に産んだお前のおふくろが悪いんだ」
色の浅黒い、大学出みたいな感じのまだ若い署長でした。いきなりそう言われて自分は、自分の顔の半面にべったり赤痣《あかあざ》でもあるような、みにくい不具者のような、み
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