から、われら求道《ぐどう》の人士をこのように深く惑わす事になるのである。私がもし、あの話を修身の教科書に採用するとしたなら、題を「孤独」とするであろう。
 私は、いまこそあの三氏の、あの時の孤独感を知った、と思った。
 彼の気焔《きえん》を聞きながら、私はひそかにそのような煩悶《はんもん》をしているうちに、突如、彼は、
「うわあっ!」というすさまじい叫声を発した。
 ぎょっとして、彼を見ると、彼は、
「酔って来たあっ!」と喚《わめ》き、さながら仁王の如く、不動の如く、眼を固くつむってううむと唸《うな》って、両腕を膝《ひざ》につっぱり、満身の力を発揮して、酔いと闘っている様子である。
 酔う筈である。ほとんど彼ひとりで、すでに新しい角瓶の半分以上もやっているのだ。額には油汗がぎらぎら浮いて、それはまことに金剛あるいは阿修羅《あしゅら》というような形容を与えるにふさわしい凄《すさ》まじい姿であった。私たち夫婦はそれを見て、実に不安な視線を交したが、しかし、三十秒後には、彼はけろりとなり、
「やっぱり、ウイスキイはいいな。よく酔う。奥さん、さあお酌をしてくれ。もっとこっちへ来なさいよ。俺はね
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