ただけで、えい、みんな酒にしてしまえ、と思った。あとはまたあとで、どうにかなるだろう。どうにかならなかったら、その時にはまた、どうにかなるだろう。
 来年はもう三十八だというのに、未だに私には、このように全然駄目なところがある。しかし、一生、これ式で押し通したら、また一奇観ではあるまいか、など馬鹿な事を考えながら郵便局に出かけた。
「旦那。」
 れいの爺さんが来ている。
 私が窓口へ行って払戻し用紙をもらおうとしたら、
「きょうは、うけ出しの紙は要《い》らないんでごいす。入金でごいす。」
 と言って拾円紙幣のかなりの束《たば》を見せ、
「娘の保険がさがりまして、やっぱり娘の名儀でこんにち入金のつもりでごいす。」
「それは結構でした。きょうは、僕のほうが、うけ出しなんです。」
 甚《はなは》だ妙な成り行きであった。やがて二人の用事はすんだが、私が現金支払いの窓口で手渡された札束は、何の事は無い、たったいま爺さんの入金した札束そのものであったので、なんだかひどく爺さんにすまないような気がした。
 そうしてそれを或る人に手渡す時にも、竹内トキさんの保険金でウィスキイを買うような、へんな錯覚を
前へ 次へ
全7ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング