がいなくなった。夢見ごこちで覚えている。唇が、ひやと冷く、目をさますと、つるが、枕もとに、しゃんと坐っていた。ランプは、ほの暗く、けれどもつるは、光るように美しく白く着飾って、まるでよそのひとのように冷く坐っていた。
「起きないか。」小声で、そう言った。
私は起きたいと努力してみたが、眠くて、どうにも、だめなのである。つるは、そっと立って部屋を出ていった。翌《あく》る朝、起きてみて、つるが家にいなくなっているのを知って、つるいない、つるいない、とずいぶん苦しく泣きころげた。子供心ながらも、ずたずた断腸の思いであったのである。あのとき、つるの言葉のままに起きてやったら、どんなことがあったか、それを思うと、いまでも私は、悲しく、くやしい。つるは、遠い、他国に嫁いだ。そのことは、ずっと、あとで聞いた。
私が小学校二、三年のころ、お盆のときに、つるが、私の家へ、いちど来た。すっかり他人になっていた。色の白い、小さい男の子を連れて来ていた。台所の炉傍《ろばた》に、その男の子とふたり並んで坐って、お客さんのように澄ましていた。私にむかっても、うやうやしくお辞儀をして、実によそよそしかった。祖母
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