も、鼻も、唇も、顎《あご》も、彫りきざんだように、線が、はっきりしていた。ちっとも、私と似ていやしない。「おつるの子です。お忘れでしょうか。母は、あなたの乳母をしていました。」
 はっきり言われて、あ、と思いあたった。飛びあがりたいほど、きつい激動を受けたのである。
「そうか。そうか。そうですか。」私は、自分ながら、みっともないと思われるほど、大きい声で笑い出した。「これあ、ひどいね。まったく、ひどいね。そうか。ほんとうですか?」他に、言葉は無かった。
「は、」幸吉も、白い歯を出して、あかるく笑った。「いつか、お逢いしたいと思っていました。」
 いい青年だ。これは、いい青年だ。私には、ひとめ見て、それがわかるのである。からだがしびれるほどに、謂《い》わば、私は、ばんざいであった。大歓喜。そんな言葉が、あたっている。くるしいほどの、歓喜である。
 私は生れ落ちるとすぐ、乳母にあずけられた。理由は、よくわからない。母のからだが、弱かったからであろうか。乳母の名は、つるといった。津軽半島の漁村の出である。未《ま》だ若い様《よう》であった。夫と子供に相ついで死にわかれ、ひとりでいるのを、私の家
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