いけど、かなり好きなほうだ。それじゃ、私はお酒を呑むから、君はビイルにし給え。」今夜は、呑みあかしてもいい、と自身に許可を与えていた。
 幸吉は女中を呼ぼうとして手を拍《う》った。
「君、そこに呼鈴があるじゃないか。」
「あ、そうか。僕の家だったころには、こんなものなかった。」
 ふたり、笑った。
 その夜、私は、かなり酔った。しかも、意外にも悪く酔った。子守唄が、よくなかった。私は酔って唄をうたうなど、絶無のことなのであるが、その夜は、どうしたはずみか、ふと、里《さと》のおみやに何もろた、でんでん太鼓に、などと、でたらめに唄いだして、幸吉も低くそれに和したが、それがいけなかった。どしんと世界中の感傷を、ひとりで脊負《せおわ》せられたような気がして、どうにも、たまらなかった。
「だけど、いいねえ。乳兄弟って、いいものだねえ。血のつながりというものは、少し濃すぎて、べとついて、かなわないところがあるけれど、乳兄弟ってのは、乳のつながりだ。爽やかでいいね。ああ、きょうはよかった。」そんなこと言って、なんとかして当面の切《せつ》なさから逃れたいと努めてみるのだが、なにせ、どうも、乳母のつるが
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