から鯨は、海の底が鳴れば、さあ大変と東西に散って逃げますだ。おっかないさかなもあったものさ。蝦夷《えぞ》の海には昔から、こんな化物みたいなさかなが、いろいろあっただ。おさむらいの人魚の話だって、おれたちは、ちっとも驚きやしねえ。それはきっと、この入海にいやがったに違いねえのだ。なんの不思議もねえ事だ。二里三里のおきなが泳ぎ廻っていた海だもの、な、いまにおれたちは、きっとその人魚の死骸を見つけて、おさむらいの一分とやらを立てさせてあげますぞ。」と木訥《ぼくとつ》の口調で懸命になぐさめ、金内の肩に積った粉雪を払ってやったりするのだが、金内は、そのように優しくされると尚さら心細くなり、あああ、自分もとうとうこんな老爺《ろうや》の慈悲を受けるようなはかない身の上の男になったか、この老爺のいたわりの言葉の底には、何だかもう絶望してあきらめているような気配が感ぜられる、とひがみ心さえ起って来て、荒々しく立ち上り、
「たのむ! それがしは、たしかにこの入海で怪しい魚を射とめたのだ。弓矢八幡、誓言する。たのむ。なお一そう精出して、あの人魚の鱗一枚、髪一筋でも捜し当てておくれ。」と言い捨て、積雪を蹴《け》って汀《みぎわ》まで走って行き、そろそろ帰り支度をはじめている漁師たちの腕をつかんで、たのむ、もういちど、と眼つきをかえて歎願《たんがん》する。漁師たちは、お金をさきに受け取ってしまっているし、もういい加減に熱意を失いかけている。ほんの申しわけみたいに、岸ちかくの浅いところへ、ざぶりと網を打ったりなどして、そうして、一人二人、姿を消し、いつのまにか磯には犬ころ一匹もいなくなり、日が暮れてあたりが薄暗くなるといよいよ朔風《さくふう》が強く吹きつけ、眼をあいていられないくらいの猛吹雪になっても、金内は、鬼界《きかい》ヶ島《しま》の流人俊寛《るにんしゅんかん》みたいに浪打際《なみうちぎわ》を足ずりしてうろつき廻り、夜がふけても村へは帰らず、寝床は、はじめから水際近くの舟小屋の中と定めていて、その小屋の中で少しまどろんでは、また、夜の明けぬうちに、汀に飛び出し、流れ寄る藻屑《もくず》をそれかと驚喜し、すぐにがっかりして泣きべそをかいて、岸ちかくに漂う腐木を、もしやと疑いざぶざぶ海にはいって行って、むなしく引返し、ここへ来てから、ろくろくものも食べずに、ただ、人魚出て来い、出て来いと念じて、次第に心魂|朦朧《もうろう》として怪しくなり、自分は本当に人魚を見たのかしら、射とめたなんて嘘だろう、夢じゃないか、と無人の白皚々《はくがいがい》の磯に立ってひとり高笑いしてみたり、ああ、あの時、自分も船の相客たちと同様にたわいなく気を失い、人魚の姿を見なければよかった、なまなかに気魂が強くて、この世の不思議を眼前に見てしまったからこんな難儀に遭うのだ、何も見もせず知りもせず、そうしてもっともらしい顔でそれぞれ独り合点して暮している世の俗人たちがうらやましい、あるのだ、世の中にはあの人たちの思いも及ばぬ不思議な美しいものが、あるのだ、けれども、それを一目見たものは、たちまち自分のようにこんな地獄に落ちるのだ、自分には前世から、何か気味悪い宿業《しゅくごう》のようなものがあったのかも知れない、このうえ生きて甲斐《かい》ない命かも知れぬ、悲惨に死ぬより他《ほか》は無い星の下に生れたのだろう、いっそこの荒磯に身を投じ、来世は人魚に生れ変って、などと、うなだれて汀をふらつき、どうやら死神にとりつかれた様子で、けれども、やはり人魚の事は思い切れず、しらじらと明けはなれて行く海を横目で見て、ああ、せめてあの老漁師の物語ったおきなとかいう大魚ならば、詮議《せんぎ》もひどく容易なのになあ、と真顔でくやしがって溜息《ためいき》をつき、あたら勇士も、しどろもどろ、既に正気を失い命のほどもここ一両日中とさえ見えた。
 留守宅に於いては娘の八重、あけくれ神仏に祈って、父の無事を願っていたが、三日|経《た》ち四日経ち、茶碗《ちゃわん》はわれる、草履の鼻緒は切れる、少しの雪に庭の松の枝が折れる、縁起の悪い事ばかり続いて、とても家の中にじっとして居られなくなり、一夜こっそり武蔵の家をたずねて、父は鮭川の入海のほとりにいるという事を聞いて、その夜のうちに身支度をして召使いの鞠と二人、夜道の雪あかりをたよりに、父の後を追って発足した。或いは民家の軒下に休み、或いは海岸の岩穴に女の主従がひたと寄り添って浪の音を聞きつつ仮寝して、八重のゆたかな頬も痩《や》せ、つらい雪道をまたもはげまし合っていそいでも、女の足は、はかどらず、ようやく三日目の暮方、よろめいて鮭川の入海のほとりにたどり着いた時には、南無三宝《なむさんぼう》、父は荒蓆《あらむしろ》の上にあさましい冷いからだを横たえていた。その日の朝、この金内の屍《むくろ》が、入海の岸ちかくに漂っていたという。頭には海草が一ぱいへばりついて、かの金内が見たという人魚の姿に似ていたという。女の主従は左右より屍に取りつき、言葉も無くただ武者振りついて慟哭して、さすがの荒くれた漁師たちも興覚める思いで眼をそむけた。母に先立たれ、いままた父に捨てられ、八重は人心地《ひとごこち》も無く泣きに泣いて、やがて覚悟を極《き》め、青い顔を挙げて一言、
「鞠、死のう。」
「はい。」
 と答えて二人、しずかに立ち上った時、戞々《かつかつ》たる馬蹄《ばてい》の響きが聞えて、
「待て、待てえ!」と野田武蔵のたのもしい蛮声。
 馬から降りて金内の屍に頭を垂れ、
「えい、つまらない事になった。ようし、こうなったら、人魚の論もくそも無い。武蔵は怒った。本当に怒った。怒った時の武蔵には理窟《りくつ》も何も無いのだ。道理にはずれていようが何であろうが、そんな事はかまわない。人魚なんて問題じゃない。そんなものはあったって無くったって同じ事だ。いまはただ憎い奴《やつ》を一刀両断に切り捨てるまでだ。こら、漁師、馬を貸せ。この二人の娘さんが乗るのだ。早く捜して来い!」と八つ当りに呶鳴《どな》り散らし、勢いあまって、八重と鞠を、はったと睨《にら》み、
「その泣き顔が気に食わぬ。かたきのいるのが、わからんか。これからすぐ馬で城下に引返し、百右衛門の屋敷に躍り込み、首級《しるし》を挙げて、金内殿にお見せしないと武士の娘とは言わせぬぞ。めそめそするな!」
「百右衛門殿というと、」召使いの鞠は、ひそかにうなずき進み出て、「あの青崎、百右衛門殿の事でしょうか。」
「そうよ、あいつにきまっている。」
「思い当る事がございます。」と鞠は落ちつき、「かねてあの青崎百右衛門殿は、いいとしをしながらお嬢様に懸想《けそう》して、うるさく縁組を申し入れ、お嬢様は、あのような鷲鼻《わしばな》のお嫁になるくらいなら死んだほうがいいとおっしゃるし、それで、旦那《だんな》様も、――」
「そうか、それで事情が、はっきりわかった。きゃつめ、一生独身主義だの、女ぎらいだのと抜かしていながら、蔭《かげ》では、なあんだ、振られた男じゃないか、だらしがない。いよいよ見下げ果てたやつだ。かなわぬ恋の仕返しに金内殿をいじめるとは、憎さが余って笑止千万!」と早くも朗らかに凱歌《がいか》を挙げた。
 その夜、武蔵を先登《せんとう》に女ふたり長刀《なぎなた》を持ち、百右衛門の屋敷に駈け込み、奥の座敷でお妾《めかけ》を相手に酒を飲んでいる百右衛門の痩せた右腕を武蔵まず切り落し、百右衛門すこしもひるまず左手で抜き合わすを鞠は踏み込んで両足を払えば百右衛門|立膝《たてひざ》になってもさらに弱るところなく、八重をめがけて烈《はげ》しく切りつけ、武蔵ひやりとして左の肩に切り込めば、百右衛門たまらず仰向けに倒れたが、一向に死なず、蛇《へび》の如《ごと》く身をくねらせて手裏剣《しゅりけん》を鋭く八重に投げつけ、八重はひょいと身をかがめて危《あやう》く避けたが、そのあまりの執念深さに、思わず武蔵と顔を見合せたほどであった。
 めでたく首級を挙げて、八重、鞠の両人は父の眠っている鮭川の磯に急ぎ、武蔵はおのれの屋敷に引き上げて、このたびの刃傷の始中終《しちゅうじゅう》を事こまかに書き認《したた》め、殿の御許しも無く百右衛門を誅《ちゅう》した大罪を詫《わ》び、この責すべてわれに在りと書き結び、あしたすぐ殿へこの書状を差上げよと家来に言いつけ、何のためらうところも無く見事に割腹して相果てたとはなかなか小気味よき武士である。女二人は、金内の屍に百右衛門の首級を手向け、ねんごろに父の葬《とむら》いをすませて、私宅へ帰り、門を閉じて殿の御裁きを待ち受け、女ながらも白無垢《しろむく》の衣服に着かえて切腹の覚悟、城中に於いては重役打寄り評議の結果、百右衛門こそ世にめずらしき悪人、武蔵すでに自決の上は、この私闘おかまいなしと定め、殿もそのまま許認し、女ふたりは、天晴《あっぱ》れ父の仇《かたき》、主《しゅう》の仇を打ったけなげの者と、かえって殿のおほめにあずかり、八重には、重役の伊村作右衛門末子作之助の入縁仰せつけられて中堂の名跡《みょうせき》をつがせ、召使いの鞠事は、歩行目付《かちめつけ》の戸井市左衛門とて美男の若侍に嫁がせ、それより百日ほど過ぎて、北浦|春日明神《かすがみょうじん》の磯より深夜城中に注進あり、不思議の骨格が汀に打ち寄せられています、肉は腐って洗い去られ骨組だけでございますが、上半身はほとんど人間に近く、下半身は魚に違《たが》わず、いかにも無気味のものゆえ、取り敢《あ》えず御急報申しあげますとの事、さっそく奉行をつかわし検分させたところが、その奇態の骨の肩先にまぎれもなく、中堂金内の誉《ほま》れの矢の根、八重の家にはその名の如く春が重《かさな》ったという、此《この》段、信ずる力の勝利を説く。
[#地から2字上げ](武道伝来記、巻二の四、命とらるる人魚の海)
[#改ページ]

   破産

 むかし美作《みまさか》の国に、蔵合《ぞうごう》という名の大長者があって、広い屋敷には立派な蔵《くら》が九つも立ち並び、蔵の中の金銀、夜な夜な呻《うめ》き出して四隣の国々にも隠れなく、美作の国の人たちは自分の金でも無いのに、蔵合のその大財産を自慢し、薄暗い居酒屋でわずかの濁酒《にごりざけ》に酔っては、
 蔵合さまには及びもないが、せめて成りたや万屋《よろずや》に、
 という卑屈の唄《うた》をあわれなふしで口ずさんで淋《さび》しそうに笑い合うのである。この唄に出て来る万屋というのは、美作の国で蔵合につづく大金持、当主一代のうちに溜《た》め込んだ金銀、何万両、何千貫とも見当つかず、しかも蔵合の如《ごと》く堂々たる城郭を構える事なく、近隣の左官屋、炭屋、紙屋の家と少しも変らず軒の低い古ぼけた住居で、あるじは毎朝早く家の前の道路を掃除して馬糞《ばふん》や紐《ひも》や板切れを拾い集めてむだには捨てず、世には何染《なにぞめ》、何縞《なにじま》がはやろうと着物は無地の手織木綿一つと定め、元日にも聟入《むこいり》の時に仕立てた麻袴《あさばかま》を五十年このかた着用して礼廻《れいまわ》りに歩き、夏にはふんどし一つの姿で浴衣《ゆかた》を大事そうに首に巻いて近所へもらい風呂《ぶろ》に出かけ、初生《はつなり》の茄子《なす》一つは二|文《もん》、二つは三文と近在の百姓が売りに来れば、初物《はつもの》食って七十五日の永生きと皆々三文出して二つ買うのを、あるじの分別はさすがに非凡で、二文を出して一つ買い、これを食べて七十五日の永生きを願って、あとの一文にて、茄子の出盛りを待ちもっと大きいのをたくさん買いましょうという抜け目のない算用、金銀は殖えるばかりで、まさに、それこそ「暗闇《くらやみ》に鬼」の如き根強き身代《しんだい》、きらいなものは酒色の二つ、「下戸《げこ》ならぬこそ」とか「色好まざらむ男は」とか書き残した法師を憎む事しきりにて、おのれ、いま生きていたら、訴訟をしても、ただは置かぬ、と十三歳の息子の読みかけの徒然草《つれづれぐさ》を取り上げてばりばり破り、捨てずに紙の皺《しわ》をのばして細長く切り、紙
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