せっかくの三年の苦心も水の泡《あわ》、さすがの智者も矢弾《やだま》つづかず、わずか銀一粒で大長者の万屋ぐゎらりと破産。
[#地から2字上げ](日本永代蔵、巻五の五、三匁五分|曙《あけぼの》のかね)
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   裸川

 鎌倉山《かまくらやま》の秋の夕ぐれをいそぎ、青砥左衛門尉藤綱《あおとさえもんのじょうふじつな》、駒《こま》をあゆませて滑川《なめりがわ》を渡り、川の真中に於《お》いて、いささか用の事ありて腰の火打袋を取出し、袋の口をあけた途端に袋の中の銭十|文《もん》ばかり、ちゃぼりと川浪《かわなみ》にこぼれ落ちた。青砥、はっと顔色を変え、駒をとどめて猫背《ねこぜ》になり、川底までも射透さんと稲妻《いなずま》の如《ごと》く眼《め》を光らせて川の面を凝視《ぎょうし》したが、潺湲《せんかん》たる清流は夕陽《ゆうひ》を受けて照りかがやき、瞬時も休むことなく動き騒ぎ躍り、とても川底まで見透す事は出来なかった。青砥左衛門尉藤綱は、馬上に於いて身悶《みもだ》えした。川を渡る時には、いかなる用があろうとも火打袋の口をあけてはならぬと子々孫々に伝えて家憲にしようと思った。どうにも諦《あきら
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