の射とめた人魚が沈んでいると見込んでいるだ。このあたりの海には、な、昔からいろいろな不思議なさかながいまして、若い衆たちには、わからねえ事だ。おれたちの子供の頃にも、な、この沖に、おきなという大魚があらわれて、偉い騒ぎをしました。嘘でも何でも無い、その大きさは二、三里、いや、もっと大きいかも知れねえ。誰もその全身を見たものがねえのです。そのさかなが現われる時には、海の底が雷のように鳴って風もねえのに大波が起って、鯨《くじら》なんてやつも東西に逃げ走って、漁の船も、やあれ、おきなが来たぞう、と叫び合って早々に浜に漕《こ》ぎ戻《もど》り、やがて、おきなが海の上に浮んで、そのさまは、大きな島がにわかに沖にいくつも出来たみたいで、これは、おきなの背中や鰭《ひれ》が少しずつ見えたのでして、全体の大きさは、とてもとても、そんなもんじゃありやしねえ。はかり知る事が出来ねえのだ。このおきなは、小さなさかなには見むきもしねえで、もっぱら鯨ばかりたべて生きているのだそうでして、二十|尋《ひろ》三十尋の鯨をたばにして呑み込んで、その有様は、鯨が鰯《いわし》を呑むみたいだってんだから凄《すご》いじゃねえか。だ
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