て、殿へも聞えよがしの雑言《ぞうごん》。たまりかねて野田武蔵、ぐいと百石衛門の方に向き直り、
「それは貴殿の無学のせいだ。」と日頃の百右衛門の思い上った横着振りに対する鬱憤《うっぷん》もあり、噛《か》みつくような口調で言って、「とかく生半可《なまはんか》の物識《ものし》りに限って世に不思議なし、化物なし、と実《み》もふたも無いような言い方をして澄《すま》し込んでいるものですが、そもそもこの日本の国は神国なり、日常の道理を越えたる不思議の真実、炳《へい》として存す。貴殿のお屋敷の浅い泉水とくらべられては困ります。神国三千年、山海万里のうちにはおのずから異風奇態の生類《しょうるい》あるまじき事に非《あら》ず、古代にも、仁徳《にんとく》天皇の御時、飛騨《ひだ》に一身両面の人出ずる、天武《てんむ》天皇の御宇《ぎょう》に丹波《たんば》の山家《やまが》より十二角の牛出ずる、文武《もんむ》天皇の御時、慶雲《けいうん》四年六月十五日に、たけ八丈よこ一丈二尺一頭三面の鬼、異国より来《きた》る、かかる事どもも有るなれば、このたびの人魚、何か疑うべき事に非ず。」と名調子でもって一気にまくし立てると、百右衛門
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